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触れ合い動物園 

ダラダラする気満々で乗り込んだブエノスアイレス。


日本人宿の日本旅館がフルだったため、近くのホステルに投宿。

日本旅館に入れず流れてきた中期旅行者達と毎日遊んでいた。

南米屈指の都会であるブエノスアイレス。

だけど、観光要素は以外に少ない。


ここは有名カミニート。ここくらいかな観光っぽいのは

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後はこんな感じや
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こんな感じ
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そんなブエノスでバックパッカーに絶対の支持を集めている所がある






それは








ふれあい動物園。

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ちなみに電車とバスを乗り継いで、約2時間半。
同じ宿のオッキーとシオリちゃんと一緒に行ってきた。










普通ふれあい動物園って言ったら、







こんな感じでしょ?
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まぁせいぜいこんなんか。

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でも、ここは













猛獣ふれあい動物園




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もろトラ。笑









当然本物。
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しかしながら、子ライオンはマジ可愛い。

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肉きゅうとか。

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超柔らかい。んでもってやっぱ香ばしい。

肉きゅうを押すと、爪がにゅっと出る。

可愛すぎて、ずっと揉んでた。


マジで可愛いかった。







子犬と一緒に育てると穏やかに育つらしい。


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なんかこれはうけたけど。


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大満足のふれあい動物園






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本日ビール日和 ウルグアイショートトリップ 

ここに来るまで全然知らなかったけど、ブエノスアイレスからウルグアイまでは河を挟んで1時間ほどで行けるらしい。

そんなわけで、宿のシオリちゃんと共にウルグアイ観光へ出掛けた。
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高速船に揺られて1時間・・・




16カ国目ウルグアイ





世界遺産の町。コロニア デ サクラメント 通称コロニア









ゴミゴミグシャグシャと喧騒と混沌のブエノスアイレスからたったの1時間・・・




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どこ?ここ。







なに?どうしちゃったの?笑



すげぇのどかなんですけど。



下手すりゃ轢き殺されかねないブエノスの横断歩道も、コロニアは車の方がかなり手前から止まってくれる。

これには本当に驚いた








まぁーーーーーーったく期待していなかったコロニアだけど







いい!!すごくいい!!!



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噂どおり何もない。ただなんでも揃うブエノスより全然好きだ。









こんな素敵な街は素敵に過ごそうと、お勧めされたちょっとだけ高いホステルに投宿

Sur Hostel 
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広くて綺麗でスタイリッシュ。こんなお洒落なドミは始めてみた。

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天気もいいし散歩しよ~。









って歩き出した1ブロック先に露天のハンバーガー屋さんを見つけた。
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そしたら必然的にこうなった。笑

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ハンバーガーもオーダー
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偶然頼んだこのハンバーガーがウルグアイ名物チビートと分かったのは食べ終わってから。

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この日以来、昼ビール&チビートからのシエスタは欠かせない僕等の日課になった。

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めちゃうま





のんびりして夕方から街ブラに出かける

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それにしても本当にここはブエノスから1時間しか離れてないのだろうか。

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のどかで暖かくて、本当に気持ちがいい


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ここでは完全にブエノスとは時間の進み方が違った


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暗くなるまでボーっとし

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のんびり夕飯。このキッチンかなりポイント高し。広々、清潔。

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そして、この宿というかこの街の窓はシャッターになっている。

なんてことのないシャッターなんだけど、









夜になると、こんな感じで星が映し出される。
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照明を使わず、外の光をこんな風に利用するなんて、素敵過ぎる

朝も自然な感じで光が入るから寝覚めもいい。







シャッターありですな。








そんなこんなで、すっごい心地よかったコロニア2泊3日。



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ブエノス帰りたくな~い。笑

アルゼンチン独立記念日 ぼくらに出来る事 

2011年5月25日 201回目のアルゼンチン独立記念日

この日、パタゴニアで何回も再会したユウキ君と、とある約束をした。








『東日本大震災のメッセージを集めてんだけど、独立記念日もやるから一緒にやらない?』











海外で走ることしか出来ないと、もやもやした気持ちを抱えていたけど、こんな方法もあったのかと喜んで手伝う事にした。












独立記念日のブエノスアイレスのセントロの中心である5月広場は、もうお祭り騒ぎ。
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ちなみに煙は発炎筒などではなく、チョリソー屋さん。












アルゼンチンは愛国心が強く、独立記念日のこの日はアルゼンチンカラー一色に染まる。











そこのど真ん中の広場でメッセージ集め開始。
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アルゼンチンの国旗が翻る中、日の丸を出す。
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そして日本の大震災の為のメッセージを集めてます。とスペイン語で書き出した。

折り紙でツルを折り、出来る限りの人に渡す。











さて、どうか・・・












震災から2ヵ月半。
アルゼンチンでも繰り返し地震や津波の映像は放送されていたから、当然知っているだろうけど、地球の反対側の日本の震災。
どれくらい人々が興味を示すのか、わからなかった。











開始直後から、遠巻きに見てる人たちは結構居た。
そりゃそうだ。
独立記念日に日の丸が出てるんだから。











そういう人達に積極的にメッセージを呼びかけた

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すると、どんどんメッセージを書いてくれる人で、いっぱいになった。

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メッセージを書いてもらい日の丸を持って写真を撮らして貰う。

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本当に本当に本当に励まされた。

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スペイン語なので単語を拾って言っている事を想像するしかない。








だけど、熱い気持ちは充分すぎるほど伝わった。










熱い目で語りかけられて、何度も泣きそうになった。









がっちり握手され、抱きしめられ









『日本は必ず復興できる』










いつの間にか、僕等の周りは物凄い人だかりが出来ていた。










達筆めぐちゃんの漢字も大人気

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夕方になり、メッセージをお願いしたら、










『これがなによりのメッセージだ』とアルゼンチン国旗をくれた










そこから、日本の国旗とアルゼンチン国旗とでメッセージを集めた。


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本当に驚くぐらい人々が興味を示し、書いてくれる。


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本当に有り難いし本当に嬉しい。


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それでは今日メッセージをくれた人の写真です。

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Mezaje Para Japon












メッセージを集めるだけで、日本語訳はまだまだ出来てないけど、ユウキ君が友達を通して日本に送ることになっている。












日本の皆さん。地球の真裏の人々はこんなにも暖かいです。

Mezaje Para Japon2











ちょっとでもほんの少しでも、力になれる事を願って。



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ブエノスアイレスの日々 

ブエノスアイレス。ウルグアイから帰ってからのあれこれ




ブエノスアイレスは相変わらずの都会です
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一緒にウルグアイに行ったシオリちゃんがピザに嵌り、一緒に毎日食いまくりました。
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タンゴ行きました。
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ストーリー性があり、情熱に溢れた本場タンゴは素晴らしいショーでした。
なにより女性ダンサーが綺麗過ぎでした。








ちっちゃな子が劇の練習してました。
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この歳でさえ立派に自分の撮られ方を知ってるブエノスレディ








ウシュアイアで会ったアスカちゃん・やごっちゃんと再会しました。
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2人と会うと、とりあえずアイス食っとけみたいなノリになります。









ここ。
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世界で2番目に綺麗な本屋さんらしいです。昔の劇場を使っているそうです








お洒落街ブエノスアイレス。
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こんなおじいちゃんになってみたい。








ニラがないので、ネギでネギレバ炒めを作りました。
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ちょっとビックリするくらいのヒットでした。









ママさんチャリダーのゆきさんが、日本へ帰国して行きました。
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ちょ、コラ。おっさん。手・・・










とりあえす、アルゼンチンったら肉。
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物凄い量をみんなでがっつきまくりました











そんなこんなのブエノスの日々。
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こっからパラグアイに向けて北上するよ~

バックパッカーへの転身 パラグアイ アスンシオン ホテル内山田 

ブエノスアイレスの日本旅館に自転車と荷物を預かってもらい、いよいよこっからバック一個を持っての南米バックパッカーへの転身をはかった








自転車に変わる僕の相棒はこちら。





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中古手持ち皮カバン。

リスペクト寅さん。完全イメージ先行型。笑 
一度はこんなんもって旅したいなって欲求をここ南米で果たす。

完全にバックパッカー舐めちゃってる感じです。

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ブエノスアイレスから夜行バスで、









17カ国目。パラグアイに入国。



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首都のアスンシオンにあるホテル内山田に投宿。
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81000グラニー(約1600円)ちょっとお高いけど、ここにはすっごい特典が・・・

まぁのちほどのお楽しみにして、街ブラに出かけた。




秋冬の格好だったブエノスに比べて、ここアスンシオンは春夏の格好が丁度いい気温で、喧騒や活気を帯びてきた。
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南米に戻ってきた~ってなんかちょっと嬉しくなった。



きったない食堂の、こんな訳のわかんない昼飯も復活。
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一食1000円近くするアルゼンチンから160円の昼飯。これだけでも相当嬉しい。

ちなみにゲテモノじゃないよ。



夕方ブエノスで会い一緒にウルグアイに行ったシオリちゃんと合流。今後しばらくシオリちゃんと行動を共にする予定です





シオリちゃんのブログはこちら





どっかの地方都市みたいなちいさいアスンシオンをふらつき、





ホテル内山田にある日本食レストランで・・・








すき焼き!!!

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幸せすぎるだろ。これ。
夢の食事。日本人天才。久しぶりのすき焼きに涙ちょちょぎれ。
旨すぎた。







締めは、うどんすきで。
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いやはや、わかってらっしゃる









そしてホテル内山田最大の魅力は・・・










和朝食バイキング。


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ご飯・味噌汁・なすの煮びたし・沢庵・生卵・トロロ・そのほか魚のてんぷら・レバー煮込みが食べ放題。









長期旅行者にとってこれほど嬉しい事はない。









もう限界まで頂きました。










ごちそうさまでした。








いや本当に。すんませんってくらい。笑

41キロ!! 

ホテル内山田で朝食バイキングをたらふく楽しんで、一路シウダーデルエステへ向かう。

ただ、シウダーデルエステには直接行かずに途中にある日本人の移民地であるイグアス居住地へ向かう







観光地ではないイグアス居住地への直通バスはない。
シウダーデルエステ行きのバスに乗り、途中で降ろしてもらわなければならない。

その手がかりは、ただひとつ













41キロ地点にある。ただそれだけ。笑












この海外では心細すぎる、情報を頼りに後は完全にドライバーのさじ加減1つにかかってしまう。










ノスタルジックな日本に浸れると多くの旅人にお勧めされたイグアス居住地。












でも、その反面ドライバーに忘れ去られ涙を呑む旅人も多い。












誰でもトトロに出会えるわけではない。つまりそうゆうことだ。









バスターミナルでシウダーデルエステ行きのバス会社へ行き、バスの販売員から、乗務員、ドライバーとにかく乗るバスに関わる全ての人間に











41キロ地点で降ろしてくれ!!











と告げる。










2階建てバスが来た瞬間嫌な予感がした。
2階建てバスは僕等が座る2階席と運転席が完全に隔離されているのだ。










だから乗務員が2階にやってくる度に、













41キロはまだか!?












と何度も念を押す。乗務員も半ばウンザリした感じで












まだだ。わかってるから、心配するな。













と。しつこいくらいに確認した。
かつて僕はメキシコで奇跡のローカルバス3往復の経験から、途中下車の手は信用してないことにしている


そのときの日記はこちら









だけど、今回はさすがにこれだけ確認したら大丈夫だろう。と思っていた矢先しおりちゃんが















あれ?今41キロのでっかい看板あったけど・・・














いや、まさかそんなわけ無いと思うけど・・・


















とりあえず、確認してくるわ。
















下に降りて、ドライバーの運転席に乗り込む。














ちょ、ねぇ。41キロ地点はよ!?














41キロ地点!?さっき過ぎたぜ?











・・・・。











いやいやいや。














ふざけんな!!過ぎたじゃねぇだろ。過ぎたじゃ!?










お前に何度も言ったろうがぁ












俺等は41キロ地点で降りるってぇ!!!!











更に運転席に乗り込み、ドライバーに詰めより














あんたにも言ったよな。41キロで降ろしてくれって













なに、思いっきりスルーしてんだよーーーー。















うがーーーー












全員に告げてたからさすがに、すまん。















みたいな空気になって急停車。













って、こんな所で降ろさせてどーする~~~~~~!!!!!!











と、ドライバーは反対車線を走ってきた、ローカルバスを捕まえお金を渡してくれ









こいつらを41キロ地点で降ろしてやってくれ。












粘りの勝利。まさかメキシコと同じ状況に陥るとは
乗務員にお礼を告げ、今度こそ41キロ地点へ向かう














で、苦労の末ようやく





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なんともいい感じ。




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イグアス居住地にあるペンション園田に到着。


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いや、無事ついてよかったぁ

地球の裏側で感じる日本 パラグアイ イグアス居住地 

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ここはパラグアイにある日本移民地のイグアス居住地。

その中にあるペンション園田(以後ペン園)はとても南米旅行者の評価が高く、







少年時代体感しようが、してなかろうが
誰もが夢描いた、おばぁちゃんちの夏休みをもう一度体感できる場所。








として語り継がれる。












ペン園に着いたのが金曜日で、僕等が着いた当初宿泊客は野崎さんという元移住者のおじちゃんだけだった。











宿泊者が少ないのはちょっと面食らったけど、オーナー家族や野崎さんはとても親切で居心地の良さはかもし出されていた。







僕等がイグアス居住地は初めてだというと、イグアス居住地の説明や、見所を教えてらうのかと思いきや、














誰一人そんな事には一言も触れられず、皆必ずこう言ってきた。


















明日土曜だから、ラーメン屋開いてますよ。














このノリが長期旅行者のハートをがっちりキャッチするんだな。














でも、一応聞いてみた

















わかりました。是非ラーメン屋には行ってみます。
他に見るところなんかはありますか?

















う~ん













明日はパラグアイ中の移民者でフットサル大会が開かれます。














このノリ大好き












そんなわけで、翌土曜日はフラフラっと村を散歩してフットサルを見て、ラーメン屋に行くことにした











聞きしに勝るのどかな所。
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日差しが心地よく、本当にノスタルジックに浸れる所だ

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門&玄関開けっ放し。笑
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本当に日本の田舎に来たみたいだ



フットサル大会も見学。

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鳥居。
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ちょっと不恰好なのはパラグアイから寄贈されたものだかららしい




てや。
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そして土日しか営業していない竹下さんちに到着。
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中はこんな感じ
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めにゅ~
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興味をそそられまくるのはもちろん

驚くのは金額。(5000グラニー = 約100円)
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ってことはこの餃子。一皿140円くらいよ?
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すごいよね。まじで。


土日しか営業してないのは、全て竹下さんはじめ移住者の方達の手作りだから。

このラーメンは海がないから取れないワカメ以外、麺からなにまで全部手造り。

ラーメン一杯340円(これは大盛り440円。)安すぎるでしょ。
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てか本当に美味しいんだ。ここのラーメン

商売でやっているというよりは、善意というか日本の食堂をここに残してここで生まれる日本を知らない子供達に、日本を感じてもらいたい。

そんな想いもある気がした。




さっきのフットサル会場で驚いた事は、こっちの日系人は普通レベルの会話で日本語を話す。

日系人だから日本語を話すのは当たり前だろうか?


でも、意外にそうじゃない。


大体2世くらいまでは日本語を話せても、3世、4世になってくると現地の言葉しか話せない事しか多い



実際メキシコでお世話になった日系の緒方さんはスペイン語しか話せなかった。



南米で最も移民者の多いブラジルも、どんどん日本語を話す率が少なくなってると聞く。


当然だと思う。イグアス居住地でも当然パラグアイ人は住んでるわけだし、全員がネイティブにスペイン語を操れるのだったら、日本語を話すよりスペイン語を話した方が楽だもの



ところがここイグアス居住地は入植当初から日本語学校を設立し、日本語離れを防いだ。


今見れば日本人が日本語学校を設立すのは当然かもしれない。

ただ入植当初スペイン語でさえままならなかったのに、そのとき既に日本を守る事を意識していたとは、本当に凄い事だと思う。


そのかいあって、日系人はほぼ100%日語を話す


日系人以外でも、スーパーのレジのパラグアイ人のおねぇちゃんが綺麗に日本をを操ったりする。







後で記述するが、イグアス居住地にある飲み屋で移民1世のおじさんはこう言った。









ここにはね。神社もないし、歴史もないし、なんにもないけどね。











日本があるんだよ。













みんなで、日本を守ってきたんだよ。















ぐっと来た。日本にいたら絶対持ち得ない感覚だ。

でも、ここイグアス居住地には確かにかつて日本に色濃く漂っていただろう空気があった。

この色濃い空気。
これに触れるとたまらなく懐かしくなる空気だ。

日本にいるとこれに触れる事は少なくなって来たけど、この空気ってやっぱ人の想いが造りだすものなんだな





ちなみにここには日本の国旗は一枚も掲げられていない。

そんな見た目だけの『日本』はいらない。





この土地の人は、言葉で、作物で、食堂で、習慣で、日本に触れたことのない子供達に日本を伝え、守ってきた。

それが、かつての古きよき日本を今に伝えている。




実際ここのラーメン屋に入ってくる人入ってくる人は、皆必ず挨拶と軽い世間話をしていく。








僕等旅行者にも気軽に声をかけてくれる。








旅行の方?どちらから来たんですか?








通常こういう質問を海外でされた場合。

アルゼンチンです。とか、南米を周ってます。とか答えるのが普通だけど、ここでは









神奈川の小田原からです
。という風に、日本の旅の時と同じ感覚で答える。

これが中々新鮮でいい。











だけど、このラーメン屋。みんなにお勧めされた理由が分かる。


ビール飲みながら餃子つまんで、ラーメン啜って、帰り道は







アズキバーを食べながら赤土ののどかな道を歩いて、
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公園でお昼寝。
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こんなのどかな日本を体験できるなんてちょっと日本でもないぞ。これは






しかもお土産にどら焼きも買って帰る。もうめちゃめちゃ幸せ。
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イグアス居住地編まだまだ続きます。



地球の裏側で感じる日本 移民一世の方達との交流 

さて話はラーメン屋のくだりから




竹下さんちへ向かう途中、宿で一緒の野崎さんと農協で働く若槻さんに出会い相席させてもらった。

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左。若槻さん 右 野崎さん



若槻さんは農協職員として2年前にこっちに来てるため移住者ではないんだけど、パラグアイ移住の歴史や農業の知識は半端じゃない。

ビールもご馳走になりました。ありがとうございます


色々話してるうちに、






今日の夜飲み屋においでよ。
移住者のみんなの話聞けるから面白いよ





と願ってもない誘いを受ける。




実はイグアス居住地ではこの飲み屋にめっちゃ行ってみたかった。

やっぱりここに来たからには、移住者の方達の話は聞いてみたかった。

だけど、いきなり旅行者がそんなところに行って受け入れてもらえるのかという不安もあったから、この誘いはとても有難かった。




夜遊びに行きますと約束して、僕等は農協へ

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ここには、ダシ・醤油・みりんなどの調味料。海外では手に入りにくい味噌もお安く手に入る。
さらに、納豆、こんにゃくなども手に入り、長期旅行者には涙ちょちょぎれのパラダイス。

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飲み屋は基本的に飲むだけらしいので、夕方軽くご飯を食べる






味噌汁に、漬物に、のりと
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当然納豆。
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こんな日本では何気ない、簡単料理も海外ではめっちゃ嬉しい。

よく考えて見れば、日本食ってやっぱめちゃめちゃヘルシーだ。






つうかめちゃめちゃ美味い♪







飲み屋は地方のちいさな居酒屋みたいな雰囲気で、沢山の移民者が酒を飲んでいた。



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さてどうか。緊張の一瞬。










でも、ほんとうに暖かく迎えてくれた。

メインは1世の方達が飲んでるから大体年齢は60歳以上。

僕のイメージは特に移民で苦労した人たちは、若者をつかまえて



「最近の若者は・・・」





などと説教から始まるんじゃないかというイメージはあったけど、







実際一緒に飲ませてもらうと、めちゃめちゃ楽しかった。

そんな説教くさい人は一人もいない。

移民の苦労を切々と語る人も一人もいない。




全員。今を楽しそうに語ってくる。





それって凄い事だと思う。
普通苦労した後、今の裕福な暮らしを手に入れたら、その事を自慢したくなる。

だけど、ここの人たちは、『今』を完全に楽しんでる




基本酔っ払ってるので、同じ話をする人がいると他の人たちがズバズバ突込みを入れて、会話が滞らず、気持ちよく流れてく。

僕は年配の方と話すのは好きだけど、本当にここの人達はとても面白く話すのは楽しかった。


みんなめちゃめちゃ苦労したと思う。
だけど、今になってこれだけ楽しそうに出来るって本当に素敵な事だと思う








そんでもってその後カラオケにも連れて行ってもらえた。







ここの雰囲気にビックリ。どこからどうみても日本のカラオケスナック。
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みんな歌う歌も当然日本の歌。
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本当にここがパラグアイという事を忘れる。







この日をきっかけにして、僕等は居酒屋に毎日のように顔を出し、日系の人たちに物凄く良くしてもらい、貴重な日々を送らせて貰う。

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ほとんどご馳走になっちゃいました。ありがとうございます。





ここで一個注意点

イグアス居住地は本当に旅行者は暖かく迎えてくれる。

だけど、当然失礼に当たらない最低限の服装で伺うのはマナー。

襟付きじゃないとダメとかじゃないけど、極端に汚い格好などでは旅をしないで下さい。

これは、苦労してパラグアイで信頼と地位を築き上げた移民の方々からのお願いです。

日本人は汚い貧乏な格好で旅しているとイメージを海外の人たちに持たれるのは、自分達の信用がなくなるとおっしゃってます。

もっともな事だと思います。

旅行者の人たち。
自分も含めて気をつけましょう~



地球の裏側で感じる日本 農場見学へ行こう♪ 

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移住地の飲み屋コペティンで一番話を聞かせてもらった中島さん。

飲み屋の出現率は100%で、とても話が面白く優しく元気一杯。

最初に会ったときに釣りに行こうと約束したけど、当然次の日には気持ちよくそんな約束を忘れ去ってくれる可愛いおじいちゃんだ。

それでも、農協で働いている若槻さんにここの農業の凄さを力説してもらい、是非見たいと告げた所、中島さんと若槻さんとで農場見学に連れてってもらえることにした







まずは農協所有の巨大サイロ
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大豆やトウモロコシを乾燥させて、袋に詰めて出荷される所



工場の中で完全にノンアポで行ってると思うんだけど、中島さんの顔パスでガンガン奥に入って行き、色々説明してもらう。

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昔ながらの木製サイロも現役で使われている

とにかく凄い大豆をさばいている
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驚くのはサイロの巨大さとその数。それが全て農協の、って事はここで農業に従事している人たちで建てたのだ。

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なにもないゼロのスタートラインから。


主な特産品はトウモロコシ・小麦。そして大豆。



知らなかったけど、パラグアイは大豆の輸出量世界第3位。


これって本当に凄い。


日本は大豆はほぼ輸入に頼っている。
それを50年で世界第3位にまで登りつめた。

元々大豆がなかったパラグアイにとってもこれは物凄い貢献度だ。






でね。知ってる?










日本の大震災の為に、ここのイグアス居住地では大豆100トンを寄付してるんだよ。





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日本のニュースとかではやってないかもしれない。
てかたぶんやってないだろう。
やってたとしても、そんなこと気にとめる人ほとんどいないだろう。










ただね。
ここの人たちは、日本を遠く離れているけど、日本人ってとこに誇りをもって、真剣に日本の事を考えているんだよ。









胸打たれました











ちなみにここには小麦の加工所もある

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ここの赤土は雨が降ると昔はめちゃめちゃな悪路になったそうな。
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車の中で色んな話を聞きながらさきへ進む
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郊外に出ると、もうむちゃくちゃな広さの畑が現れる




今の季節はトウモロコシが時期。



もうずっとひたすらのトウモロコシ畑。
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この広さで、個人の、それもほんの一部のだというから本当に驚きだ。




ここは窪前さんの畑。先日見に行きますって伝えたら、トウモロコシ持っていっていいよ。って言ってもらえたので

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トウモロコシ刈り。パンパンになったトウモロコシを刈る

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パラグアイの農法で不耕起栽培と言うのがある。
それは、1つの作物が終わり、次の作物を植える際に全く耕さずに植えると言う農法だ。

これにより土の中のバクテリアや微生物が死ず、栄養になると言う。



耕さずに、そのまま肥料になるなんて、そんなんはじめからすりゃいいじゃんと思うかもしれないけど、

耕す事が当たり前だった日本の農法から、不耕起をこの広い農場で試すのは非常に勇気のある凄い事だと思う。



それが、この窪前さんの畑から始まった。




農協が試験的に始めたんではなくて、個人の畑から。




そんな話を農協職員の若槻さんが詳しく説明してくれる
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そして、どこをみても広大なこの畑。
入植当初。つまり50年前。ここは広大なジャングルだったという。
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それをノコギリで切り開いて、焼いて畑を作っていったという。



本当に頭が下がる。
皆苦労してきたんだと思う。だからその分ここの人たちの笑顔は日本からは考えられないくらい笑顔が眩しい




そして次はマカダミアの木へ。
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日本ではなかなかお目にかかれない。
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ここの居酒屋で食べさせて貰ったけど、自然な甘みがありめちゃめちゃ美味しく、日本で食べたそれとは全く別物だった。

これは農協の所有物だけど、どんどん持ってきなと中島さん。
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イグアス居住地のドン。




そしてレモンの木でもとり放題
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まだちょっとだったけど、桜なんかもある
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日本の心やね





そして最後はパラグアイで作っている和太鼓工場を見学して、この日の見学プログラムは終わった。

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見ると聞くのじゃ大違い。とても貴重な体験だった。




中島さんと若槻さんに大感謝。お礼をいって別れた





その日の夜はもらった農作物で宴会へと突入








マカデミアナッツを割る。
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これがめちゃめちゃ硬くて割るのが難しい。でも綺麗に割れた時の気持ちよさったらない。

みんなでワイワイでやれば何でも楽しい。

こんなんにして、
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乾煎りすれば、自然の甘みたっぷりで酒に合う合う♪
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トウモロコシは茹でまして、スープにしたり、軍艦にしたり。
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そんでもって、サトイモの煮っころがしや、なすの揚げ浸しも作り、日本食やりたい放題の居住地で楽しい夜を過ごす。
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ありがとうございました~

地球の裏側で感じる日本  名言集 

60歳以上の移民一世の方々の名言集。
苦労してジャングルをゼロから切り開いた一世の方達。
今では、日本の老後よりも豊かに暮らせてる人たちがほとんどだけど、長い間どん底を見てきた人たちばかりだ。

そんな経験をして人たちの言葉は深く、胸を打たれた。

今回はそんな名言を集めてみた。







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僕はね。移民一世なんだけどパラグアイに帰化してないの。
ずっとパラグアイにいるし帰化した方が楽なんだけどね。
日本のアイデンティティを失いたくないんだ













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人生最高!!














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僕はね。パラグアイに来れて本当に良かったと思ってる
何故ならね。ここが日本より後れてるから。
食べ物もある。薪もある。ガソリンだってあるんだから。
それになによりこうやって一緒に飲む仲間がいるからね。














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俺は、旅行している君達より

ずっと自由だ!!














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なんもないないよ。でもそれがいいの

あっ、でも借金はまだちょっとあるな。












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顔見せればいつも罵り合いのケンカ。
でもそれがいいの。
ケンカ出来る相手がいるって幸せだよ。












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どっから来たの?

あっ、中島さんそれ3回目っす。














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幸せよ。ほんっっっっっっっとうに幸せ

















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パラグアイは最後の楽園だ












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初めから住みよい環境があったわけじゃない。
仲間はどんどんと外へ出てったよ。
ここに残った人はね。金がなくてここに留まるしか出来なかったんだ
それが今じゃ、南米一住みよい移住地になったんだ














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本当にこいつはいらんこという
でも、大事な事を言ってくれるのもこいつ









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しおりちゃんを口説こうとした酔っ払った中島さんが僕に一言


お前邪魔。200%邪魔

でも、俺お前嫌いじゃないよ。












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自分の人生。
幸せかなんて自分で決めるの


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